人のために尽くした喜び

人のために何かをしようとする時、
最初から立派な気持ちで始められることばかりではありません。

時間が足りなかったり、
気持ちに余裕がなかったり、
「ここまでしなくてもいいのではないか」と、
自分に言い訳をしたくなることもあります。

それでも、
相手のことを思い浮かべながら、
今の自分にできることを一つ一つ積み重ねていく。

決して目立つことではなく、
誰かに評価されるようなことでもない、
そんな小さな努力です。


誠を尽くす、ということ

正直に言えば、
途中で「割に合わないな」と感じることもあります。

それでも、
もう一歩だけ踏み出してみる。

誠を尽くす、というのは、
そういう場面の連続なのだと思います。

そして、
そうして関わった相手が、
ふっと表情を緩めてくれたり、
「ありがとう」と短く言ってくれたりした時。

大きな感動があるわけではありません。
胸が熱くなるほどの出来事でもありません。

ただ、心の奥に、
静かで確かな温かさが残ります。


人に喜んでもらえた、という感覚

その温かさは、
人に喜んでもらえたから生まれたものです。

相手の役に立てた、という事実そのものよりも、
「相手が少し楽になった」
「少し安心してくれた」

その気配を感じ取れた時に、
そっと心に灯るような喜びです。

不思議なことに、
その喜びは、
相手から与えられたもののようでいて、
同時に、自分の内側から湧いてくるものでもあります。


いつの間にか、心が整っている

人に喜んでもらおうとして動いたはずなのに、
いつの間にか、
自分の心の方が整えられている。

焦りや不満が、
少し和らいでいることに気づくことがあります。

幸せというものは、
何かを手に入れた時だけに
感じられるものではないのかもしれません。

誰かの幸せを願い、
そのために優しさと思いやりという誠の心を尽くそうとする。

その過程そのものが、
人の心を穏やかにし、
生きる足元を静かに支えてくれる。


静かに残る喜び

人に喜んでもらえる喜びは、
声高に語るようなものではなく、
あとから思い返した時に、
「あの時、あれでよかったな」と
静かに残るものなのだと思います。

もし今、
人との関わりに疲れていたり、
誰かのために動くことが
少し重たく感じている方がおられたら、
無理に立派になろうとしなくても大丈夫です。

ほんの少し、人の優しさと思いやりという誠の心を尽くしてみる。

できる範囲で、
できることを一つだけ。

その積み重ねの先に、
思いがけず、
自分自身の心が軽くなったり、
救われるような瞬間が
訪れることもあるように思います。

日々の中で、
そんな小さな喜びを
大切にしていきたいものです。

会長プロフィール

担当者の永島です。担当者の永島です。
言葉にならない思いを抱えたまま、ここまで読んでくださりありがとうございます。
すぐに答えが出なくても大丈夫です。
もし、誰かに少し話してみようと思えた時は、静かにお話をお聴きします。