なぜ、こんなことが続くのだろう? ― 思いがけない出来事に気づかされること ―

不思議なことに、いくつもの出来事が重なることがあります。

ひとつの問題がようやく落ち着いたと思ったら、今度は別の心配事が起きる。何とかしようと頑張っているのに、なかなか思うように進まない。

そんな日が続くと、「どうして今、こんなことが起きるのだろう」と、ため息をつきたくなることもあるでしょう。

ところが、人生には反対のこともあります。

悩んでいたときに、思いがけない人が声をかけてくれた。もう無理だと思っていたことに、ふと道が開けた。自分ひとりではどうにもならないと思っていたのに、誰かの助けによって前に進めた。

私たちは、日々さまざまな出来事に出会いながら生きています。

その一つひとつに、必ず特別な意味があるとは限りません。それでも、出来事が重なったとき、いつもと少し違う角度から自分の暮らしを見つめてみると、今まで気づかなかったことが見えてくる場合があります。

問題が起きたとき、見失ってしまうもの

困ったことが起きると、私たちの心はその問題に向かいがちです。

どうすれば解決できるのか。誰に相談すればよいのか。なぜ、こんなことになってしまったのか。

もちろん、解決のために考え、行動することは大切です。

ただ、問題を何とかしようとするあまり、心に余裕がなくなってしまうこともあります。身近な人の言葉にいら立ったり、普段なら気づくはずの気遣いを見落としたり。自分のことで精いっぱいになり、周りが見えなくなってしまうのです。

そんなとき、少し立ち止まってみることはできないでしょうか。

「今、自分は何に追われているのだろう」
「目の前のことに気を取られて、大切なものを見落としていないだろうか」

ほんの少し立ち止まるだけでも、見え方が変わることがあります。

問題が起きたこと自体は変わらなくても、焦りの中では見えなかった解決の糸口が見つかるかもしれません。自分を支えてくれている人の存在に、改めて気づくこともあるでしょう。

立ち止まることは、何もしないことではありません。次の一歩を、よりよく踏み出すための時間でもあるのです。


苦しいときにも、喜びはそばにある

悩み事が続いていると、どうしても苦しいことばかりが目に入ります。

けれど、少し振り返ってみると、困難の中にも支えがあったことに気づく場合があります。

気にかけてくれる人がいた。話を聞いてくれる人がいた。自分では難しいと思っていたことを、誰かが手伝ってくれた。

大きな問題が解決していなくても、心が少し軽くなる瞬間はあります。

だからといって、つらいときに無理をして明るく振る舞う必要はありません。苦しいものは苦しい。それを素直に認めることも大切です。

そのうえで、苦しさだけが自分の毎日のすべてではないことにも、目を向けてみたいのです。

私たちの暮らしは、自分ひとりの力だけで成り立っているわけではありません。食べ物を育てる自然があり、日々の生活を支える多くの人がいて、困ったときに手を差し伸べてくれる人がいます。

天理教では、こうした自分の力だけでは成り立たない命や暮らしの働きを、親神様のご守護として受け止めます。

普段は当たり前だと思っていることも、決して当たり前ではない。そう考えてみると、何気ない日常の中にも、感謝できることが見つかるのではないでしょうか。


出来事が教えてくれるのは、答えだけではない

思いがけない出来事に出会ったとき、私たちは「なぜ起きたのか」という理由を知りたくなります。

けれど、すべての出来事について、納得できる答えがすぐに見つかるわけではありません。考えても分からないこともあれば、時間がたってから初めて意味を感じられることもあります。

だからこそ、理由を急いで決めつけるのではなく、その出来事を通して自分に何ができるかを考えてみることも大切です。

人との行き違いがあったなら、相手の立場を想像してみる。困っている人に出会ったなら、自分にできる手助けを考えてみる。思うようにいかないことが続いたなら、頑張り方を少し変えてみる。

出来事は選べなくても、それを受けてどう行動するかは、考えることができます。

天理教では、日々の出来事を単なる幸運や不運として終わらせず、自分の生き方を振り返るきっかけとして受け止めることを大切にしています。

何か特別なことをしなければならないわけではありません。自分の言葉や行動を少し見直すこと。誰かへの感謝を伝えること。できることから始めてみること。

そんな小さな変化が、人との関係を変え、これからの自分を育てていくのだと思います。


明日を変えるのは、今日の小さな一歩

人生には、自分の努力だけではどうにもならないことがあります。どれだけ考えても、すぐには解決しない問題もあります。

そんなとき、すべてを自分の責任だと思い込む必要はありません。無理に意味を見つけようとする必要もありません。

ただ、今の自分にできることを一つ考えてみる。

誰かに相談してみる。目の前のことを一つずつ片づける。いつも支えてくれる人に「ありがとう」と伝える。今日は少し休んで、明日また考える。

その一歩は小さくても、何もできないと思っていた自分に、新しい道を開いてくれることがあります。

思いがけない出来事が続いたとき、すぐに答えが見つからなくても大丈夫です。

「どうして、こんなことが起きるのだろう」と考えるだけでなく、「この出来事の中で、自分にできることは何だろう」と問いかけてみる。

その問いが、今まで見えなかった支えに気づかせてくれたり、誰かへの接し方を変えるきっかけになったりするかもしれません。

毎日の出来事を、自分を苦しめるものとしてだけ見るのではなく、これからの生き方を考える機会にもしていく。

そんな姿勢を大切にしながら、今日できる一歩を踏み出していきたいものです。

会長プロフィール

担当者の永島です。担当者の永島です。
言葉にならない思いを抱えたまま、ここまで読んでくださりありがとうございます。
すぐに答えが出なくても大丈夫です。
もし、誰かに少し話してみようと思えた時は、静かにお話をお聴きします。