お借りしている、この身体

私たちは普段、自分の身体を「自分のもの」と思って生活しています。

けれども天理教では、
人間の身体は親神様からお借りしている「かりもの」であり、
命もまた、神様のご守護によって生かされていると教えられています。

「かしもの・かりもの」という教えです。

私はこの教えに触れるたびに、
この身体をもっと大切に使わせていただかなければならないと感じます。


身体は正直です

暴飲暴食をすれば、身体は疲れてしまいます。

無理を重ねれば、どこかに不調が出てくる。

反対に、身体を動かさなければ、少しずつ動けなくなっていきます。

若い頃には簡単に出来ていたことも、
年齢を重ねるにつれて難しく感じることがあります。

走ること。
飛ぶこと。
長時間動くこと。

少しずつ変化していく自分の身体に、
年齢と共に気づかされることも増えてきます。

けれども、「もう歳だから」と何もしなければ、
さらに身体は弱ってしまいます。

だからこそ、出来る範囲でも身体を動かし、
日々を丁寧に過ごすことが大切なのだと思います。


身体を大切に使わせていただく

私は信仰者として、
日々の「心の在り方」を大切にしています。

それと同じように、
この身体も大切に扱いたいと心がけています。

食べるもの。
飲むもの。
睡眠。
日々の運動。

かしものを大切に

特別なことではありませんが、
こうした毎日の積み重ねが、身体を守ることにつながっていくのだと思います。

借りているものだからこそ、
粗末には扱いたくない。

そんな気持ちがあります。


当たり前ではない命

朝、目が覚めること。
身体が動くこと。
食事ができること。

普段は当たり前のように感じていますが、
本当はとてもありがたいことなのかもしれません。

病気や不調になって初めて、
健康のありがたさに気づくこともあります。

だからこそ、元気に過ごせる今を大切にしたい。

そして、この身体を少しでも長く、
人のためにも使わせていただけたらと思うのです。


今日も大切に使わせていただく

天理教の「かしもの・かりもの」の教えは、
ただ宗教的な考えというだけではなく、

「自分の身体を大切に生きる」

ということを教えてくださっているように感じます。

無理をしすぎない。
粗末に扱わない。
感謝を忘れない。

そんな心で、
今日もこの身体を大切に使わせていただきたいものですね。

会長プロフィール

担当者の永島です。担当者の永島です。
言葉にならない思いを抱えたまま、ここまで読んでくださりありがとうございます。
すぐに答えが出なくても大丈夫です。
もし、誰かに少し話してみようと思えた時は、静かにお話をお聴きします。