誰かのために汗を流す
― 災害救援ひのきしん隊に学ぶ、支え合う心 ―
今年の夏も、日本各地で地震や豪雨などの自然災害が発生しました。
災害によって、それまで当たり前だった暮らしが突然失われ、今も不安な日々を過ごされている方々がいらっしゃいます。
被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
また、救助や復旧活動に尽力されている皆様、被災された方々を支えるために活動されている多くの皆様に、心より敬意を表します。
災害のニュースを見るたびに、私たちは普段何気なく過ごしている毎日が、決して当たり前のものではないことに気づかされます。
朝、目を覚ますこと。
温かい食事をいただくこと。
水道から水が出ること。
家族と会話をすること。
仕事をして、いつもの家に帰ること。
そんな何気ない一日も、実は多くのご守護と、さまざまな人の支えの中にあるのかもしれません。
そして、災害が起きた時には、その「支え合う心」が目に見える形となって現れます。
災害の現場へ駆けつける人たち

天理教には、**「災害救援ひのきしん隊」**という全国規模の災害救援組織があります。
災害救援ひのきしん隊は昭和46年(1971年)に発足し、日頃から訓練を重ね、災害が発生した際には被災地へ駆けつけ、自治体などとも連携しながら救援活動を行っています。
今年の夏も、その活動が続いています。
熊本県で発生した「令和8年熊本地震」では、8月6日から本部隊が被災地へ出動しました。
被災したご家庭でのブロック塀の解体、家財の搬出・運搬、家屋内の整理、給水など、さまざまな活動が行われています。
また、熊本だけではありません。
7月には、奈良県生駒市の豪雨被災地にも災害救援ひのきしん隊が出動しています。
災害が起きた時、被災された方々のもとへ駆けつけ、黙々と汗を流す。
そこには、人のために尽くそうとする温かい心があります。
天理教を知らない方のもとへも
ここで、災害救援ひのきしん隊の活動について、ぜひ知っていただきたいことがあります。
それは、天理教を信仰している方だけを助けるのではないということです。
被災された方の中には、天理教を信仰されていない方もたくさんいらっしゃいます。
災害救援ひのきしん隊は、そうした方々のご家庭にも赴き、その時に必要な作業を行います。
家財を運び出したり、家の中を整理したり、壊れたものを片付けたり、水を届けたり。
目の前で困っている方がいれば、その方が天理教を知っているかどうかに関係なく、できることをさせていただく。
それが、ひのきしんの大切な姿の一つなのではないでしょうか。
「ありがとうございました」の意味

そして、ひのきしんの姿を知る中で、心に残ることがあります。
災害救援ひのきしん隊の活動では、作業を終えた隊員が、被災された方に「ありがとうございました」と声を掛けることがあります。
初めてその姿を見る方は、驚かれるかもしれません。
「助けてもらったのはこちらなのに、どうして『ありがとう』なのだろう?」
普通なら、助けてもらった側が「ありがとうございました」とお礼を伝えます。
もちろん、それは自然なことです。
しかし、天理教では、人のために働くことを**「させていただく」**という心を大切にしています。
人の役に立つ機会をいただいた。
困っている方のお手伝いをさせていただいた。
誰かの力になることができた。
だからこそ、活動をした側からも「ありがとうございました」という言葉が出てくるのです。
これは、ひのきしんというものを考える上で、とても大切な心ではないでしょうか。
天理教では、ひのきしんを「親神様のご守護に感謝を捧げる自発的な行為」と説明しています。
ただ「人を助ける」というだけではありません。
人のために働かせていただけることそのものを、ありがたいこととして受け止める。
そこに、ひのきしんの心があります。
「誰かのために」という心
私たちの日常でも、同じようなことができるのではないでしょうか。
大きな災害が起きた時に現地へ行くことだけが、人のためになることではありません。
家族が困っていたら手を貸す。
職場で困っている人がいたら声を掛ける。
高齢の方が重い荷物を持っていたら、手を差し伸べる。
落ち込んでいる人がいたら、優しい言葉を掛ける。
身近な人のために、自分のできることをする。
それもまた、誰かのために「させていただく」ことなのではないでしょうか。
当たり前の日常に感謝する

災害を経験すると、それまで当たり前だと思っていたものの大切さに気づかされます。
何事もなく朝を迎えられること。
食事をいただけること。
身体を動かせること。
家族と一緒に過ごせること。
安心して眠れる場所があること。
それらは決して自分の力だけで成り立っているものではありません。
天理教では、人間の身体も親神様からお借りしている「かりもの」と教えていただきます。
そして、私たちは親神様のご守護の中で生かされています。
だからこそ、いただいている日々を「当たり前」と思わず、感謝の心を持って過ごしたいものです。
そして、その感謝の気持ちを自分の中だけに留めるのではなく、誰かのために使わせていただく。
それが、ひのきしんの心にもつながっていくのではないでしょうか。
私たちにできること
災害が起きた時、
「自分には何もできない」
と思ってしまうことがあります。
けれども、本当に何もできないのでしょうか。
遠く離れた場所から祈ること。
支援すること。
募金をすること。
被災された方々を思うこと。
そして、日常の中で身近な人に手を差し伸べること。
できることは、一人ひとり違います。
大切なのは、できることの大きさではなく、誰かのために何かをさせていただこうという心なのかもしれません。
災害救援ひのきしん隊のように、大きな力を発揮する人たちがいます。
一方で、私たちにも、私たちにしかできない小さなひのきしんがあります。
その小さな思いやりが一つ、また一つと重なれば、それはやがて大きな支えになっていくことでしょう。
誰かのために汗を流せること
今年の夏も、自然災害によって多くの方が苦しい思いをされています。
その一方で、被災された方々のために汗を流している人たちがいます。
泥や瓦礫と向き合い、家財を運び、水を届け、暑い中で黙々と作業をする。
そこには、「誰かの力になりたい」という思いがあります。
そして、作業を終えた時には、
「ありがとうございました」
という言葉が生まれる。
助ける側と助けられる側。
その境目を越えて、互いに「ありがとう」と言える関係。
そこには、人と人が支え合って生きる、本当の温かさがあるのではないでしょうか。
私たちも、特別なことをしなくても構いません。
今日一日、誰かに優しい言葉を掛ける。
困っている人に手を差し伸べる。
家族のために何か一つしてあげる。
そして、今いただいている日常に「ありがとう」と感謝する。
そんな小さな一歩から、私たちの「ひのきしん」を始めてみてはいかがでしょうか。
誰かのために何かをさせていただけること。
それ自体が、実はとてもありがたいことなのかもしれません。
被災された皆様が一日も早く穏やかな日常を取り戻されますように。
そして、救援・復旧活動に携わるすべての皆様の安全が守られますように、心よりお祈り申し上げます。
